待合室の椅子に座ること10分…
順番を知らせる掲示板に僕の順番を知らせる番号が表示され、診察の順番が次に行われることを知らせてきた。
診察室が開き看護師が扉の間から顔をのぞかせ、順番かもしれないと緊張している僕の目に気づくと
「どうぞ中へ」
と機械的ではあるものの、緊張している僕を落ち着かせるような声で入室を促してきた。
僕は奥さんに「ちょっと行ってくる」とだけ声を残し診察室へ向かった。
診察室は先ほどのPSWから問診を受けた部屋の雰囲気とは違って、誰もが想像するような診察室だった。病院にある診察室と言ったらそれまでだが、そこの感じは先ほどまでの安心して質問に答えていた感じと違い、背筋が少し伸びるような緊張感が漂っていた。
先生の前にある小さな丸い椅子に座るように促された僕は
「よろしくお願いします」
と絞り出すような声であいさつをしながら座った。
先生は目の前にあるパソコンをずっと眺めているが、そのパソコンに映し出されている内容は僕からも見えていて、それは先ほどのPSWからの問診結果であった。
実際パソコンを先生が見ている時間は20秒くらいだと思われるが、その静かな時間は僕にすれば数分間に感じるほど長く苦しかった。
パソコンから目を離した先生は僕の方を向き開口一番
「どういった感じですか?」
僕はパソコンに書いてあるだろ?と一瞬思ったが僕からの言葉を聞きたいのだろうと思い、先月に初めて経験したパニック発作(この時はパニック発作とは言っていない)のことと、毎日が不安で仕方がないことも重ねて話した。
うんうんと頷きながら聞いていた先生はまだ具体的に何も言わない。
僕は先生が言うよりも先に、パソコンで自身に起きた症状を調べてみたら”パニック障害”かもしれないことを見つけたことを話して、これはパニック障害なんですか?と先生に質問をしてみた。
先生は少しだけ考えこみ、再度パソコンを眺めながら何やら頷き、体を僕の方に向けてゆっくりと答え始めた。
「おそらくパソコンで調べた時に出てきたパニック障害の可能性が非常に高いです」
僕は疲れていただけで、もしかしたら違うかもしれないという望みを持っていたので、現実として聞かされた病名にショックを隠し切れなかった。
色々と聞きたいことはあったが、やはり専門家である先生から確信を告げられるとショックが多く聞きたいことが口に出て来なくなってしまった。
静まり返った診察室。
先生の後ろで僕と先生のやり取りをタイピングしていた看護師の動きも止まり、その静けさは永遠に続くようでもあった。
先生の方から今後の治療方針を話し始めてくれたが、僕はそれを遮るように
「なんで僕はパニック障害になってしまったのですか?」
聞かずにはいられなかった。
先生は少しビックリした様子ではあったが、それも当然ですよねと言わんばかりに先生なりの見解を話してくれた。
「パニック障害に決定的な原因は未だ見つかっていません。ただ、パニック障害になる可能性として考えられている原因はいくつかあります。今回パニック障害になったと考えられる原因としては…
- 継続的な睡眠不足(質が良くない)
- 姿勢が悪い(呼吸が浅くなりやすい)
- 長年のストレス
が考えられ、これらを改善しないことには何も始まらない。これらを改善しつつ平行して服薬をしてパニック発作が起きないようにしていきましょう」
淡々と説明してくれたが僕にとっては身に覚えがあることだらけだった。
確かに睡眠不足は否めなかった。
入社して10数年経過するが毎日が忙しく夜は2時頃に寝て朝は6時過ぎの起床だった。
深夜だろうと早朝だろうと連絡がくれば会社に行かなければならなかったので、睡眠時間が短いだけでなく睡眠の質も悪かったようだ。
姿勢も猫背なことから知らず知らず呼吸が浅く、過呼吸になりやすい体質でもあった。
極めつけは上司からのパワハラとモラハラだ。
今の時代だったら完璧にアウトな事案を何度も経験したし、上司の信じられない悪魔のような言動には、もはや諦めに近い気持ちでもあった。
それ以外にも毎日多量に飲んでいたカフェインも少なからず影響があったとも考えられた。
そんなことが何年も蓄積されて、ある日コップの水が溢れこぼれるように限界を迎えパニック発作を起こしてしまった。
先生から聞かされる言葉一つ一つが胸に突き刺さるようだった。
僕からすると全てはやろうと思えば防げたことにも思えた。僕の身に起こったパニック発作は考えによっては防ぐことができたのかもしれない。
そう考えるといつの間にか悔しくて悔しくて、先生の声が耳に入ってこなかった。
防げたかもしれないこの病気を防げなかったことを後悔し、そして何よりも過酷な仕事環境やパワハラを上層部に訴えても何もしなかった会社への恨みしか湧いてこなかった。
その後、今回から飲む薬の説明や日常的に注意することなど説明を受けたが、病名を告げられたショックと会社への恨みでほとんど先生の言っていることが耳に入ってこなかった。
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