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【パニック障害 体験記 #13】帰れない場所

気候の良い7月ではあるが、節電のため照明がついていないエレベーターホールは意外なほどに暗く、そこに置いてあるソファーに倒れこんでいる僕を見つけるのは容易ではない。

 

倒れこみ仰向けになっている僕は目を閉じても目が回っているのが分かる。

 

「一体なんなんだ?」

 

こんなに目が回った経験は今までない。

 

先月、研修中に起こっためまいは、もしかしたら人生で初めてかもしれない。それほどにめまいの経験が僕にはなかったからだ。それから一ヶ月後の今日、また激しいめまいに襲われている。立っておくことがこんなにも難しいとは…

 

しばらく目を閉じているが、眼球が高速で動いているような感覚だ。呼吸も荒くなっていて、相変わらず吐き気も激しい。

 

急に我慢できないほどの吐き気に襲われ、急いでトイレへと向かって行った。トイレまでは3メートルほどだが、フラつきながらの歩行は難しい。何度もヨロけてこけそうになるが壁を這うように歩いて行った。

 

トイレに入ると真っ先に洗面所へと向かい、水を出しながら顔を突っ込むが何も出てこない。何も出てこないが胃からこみあげてくる何かがある。横隔膜が痙攣し、ただただ強烈な吐き気が続いている。

 

開けたままの口からはよだれがこぼれ落ち、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。

 

全く身構えることができないまま次々と訪れる謎の症状。悲しさと虚しさ、そして恐怖でその場から動けない。一体このままどうなってしまうんだろう…

 

すると外で人の気配がしたので、すぐに水を止めて奥にある小便器へと向かった。

 

もちろん、尿意があってトイレに来たのではないことから当然出るはずもない。しばらくすると見かけた顔がトイレに入ってきた。同じ会社で他の支店にいる後輩G君だった。

 

「あれ、こんなとこで何してるんですか?」

 

後輩のG君からはびっくりしたようなトーンで当たり前の質問を受けた。

 

幸い、トイレの中は節電中ということもあり、お昼時はエレベーターホール同様に暗くトイレの奥にいる僕の表情は見えていなかったようだった。

 

「ちょっと、そこの会議室で用があってね。それこそG君は何してんの?」

 

僕の返答に「大変ですねぇ」と答えたG君。今日は仕事が休みで近くに用事があったことから駐車場に車を駐めていたようだ。そこで、たまたまトイレに行ったら僕が居たからびっくりしたと。

 

僕はどうでもいい話をしながらも、表情を見られたくなくて早くG君にトイレから出て行って欲しかった。何かを感じたのか、それとも考えすぎか分からないがG君は用をたすと「お疲れ様です」と言い残して、足早にトイレから出て行った。

 

「ふ〜っ」

 

深いため息とともに安堵に包まれる。

まさか後輩に出くわすとは。しかも普段から可愛がっている後輩だけに、今の自分の姿を見られたくもなかった。

 

洗面所に戻った僕は相変わらずのめまいと吐き気に襲われながらも、どうやって会議に戻るか考えた。しかし、一向に良いアイデアは浮かばず、きっと戻ってもまた同じ繰り返しになるだろうし、そうとしか考えられなかった。

 

会議室に戻っても再び同じことを繰り返すならば、さすがに他の参加者に何か変だと感付かれてしまうに違いない。洗面所の鏡を見ながらそう思った。なぜなら顔から血の気が引き、まるで何日も絶食しているかのように窶れている。

 

もう、あの会議室に戻ることはできない…

 

 

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