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パニック障害後、初めて新幹線に乗ったら予想以上にヤバかった

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パニック障害になると「二度とあんな体験はしたくない!」と誰もが思うはずです。あの苦しさを表現するのは相当難しく、ざっくり言うと「死ぬかと思った」としか表現できないと思います。

 

そんな僕は普段、電車や新幹線に乗る機会のない場所(田舎なので移動は車)に住んでいたので公共交通機関に乗る必要がありませんでした。そんな僕が久しぶりに新幹線に乗った時のことを書こうと思います。

 

パニック障害と広場恐怖症

まず、パニック障害になってしまうと苦手な場所ができることが多いです。

 

多くは、初めてパニック発作を起こしてしまった環境に近い場所がそれです。僕の場合は研修中や会議中にパニック発作を起こしたので、こういった簡単に自分の意思で外に出られない場所や環境が苦手になりました。

 

今、昔を思い出しながらパニック障害体験記を書いているので、よろしければ読んでいただけると嬉しいです。

 

chacha-cat.hatenablog.com

 

こういったパニック障害になってしまってから、その同じような場所に行くことができなくなってしまうことを『広場恐怖症』と言います。これを克服するのは並大抵なことではなく、僕は未だ完全に病気になる前と同じ状態に戻れてはいません。

 

やっぱり怖くていけない場所はあります。そんな僕でも苦手になってしまい、行けなくなっていた美容院へ行けるようになった方法を記事にしていますので、よろしければ参考にしてください。

 

chacha-cat.hatenablog.com

 

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久しぶりの新幹線

今から3年前、久しぶりに実家に帰った時の話(帰省は車なので大丈夫だった)

奥さんはまだ数回しか来たことのない場所だったことから、ドライブがてらにウロウロしていたところ、新幹線が目に入り新幹線の話題に

 

「久しく乗ってないねぇ、俺乗るの好きだったから乗りたいわ」

「じゃあ乗ろっか」

 

そんな簡単な会話から久しぶりに乗ることになり、最寄りの駅へ車を走らせ駐車場に車を停め、新幹線のチケット売り場へと足を進める。

 

新幹線とは言え遠くに行くのではなく、駅は1つだけの隣駅までだ。

 

改札を通り、プラットフォームに到着した頃から何となく嫌な感じがしてきて、昔経験した生あくびがやたら出始め、胃から何かが上がってくるような感じになる。季節は初夏の6月くらいだったか、そんなに暑くなかったはずなのに脂汗が出始める。

すぐに奥さんが気づき

 

「大丈夫、やめよっか?」

 

と助け舟を出してくれたが、僕は悩んだ末に乗ることを選択。

 

しばらくして新幹線が見えて、もう逃げられないという感覚が襲ってきた。気づくと握りこぶしの爪が食い込むほどに力が入っていた。

 

新幹線の扉が開き、他の乗客と一緒になだれ込む。座席に座ってしまえば何とかなるかもしれないと思いながら足早に辺りを見回すが席が空いていない。焦れば焦るほど動悸が激しくなってくる。仕方なく踊り場に戻って立つことになったが、周辺にも何人か乗客がおり、ますます変な緊張が襲ってきた。

 

パニック発作 再来

扉が閉まり発車する頃には緊張感MAXに。もう止まるまで外に出られない。そう思い始めると呼吸が荒くなり立っているのも厳しくなってくる。

 

奥さんは僕と対面に立っており、ジッと僕の目を見ながら口パクで

 

「大丈夫?私はここにいるからね」

 

その気持ちが励みになるが気持ち悪さと、外へ出たい気持ちは高まるばかり。もちろん運転中の新幹線から降りるために非常ドアコックを作動させるようなことはしないが、気持ちとしては「今すぐ止めてくれ!!」と叫びたいぐらい。

 

到着までは15分ほどだが、これがすごく長く感じる。

 

何度もトイレに駆け込もうと思ったが、入ると出られなくなりそうで入れなかった。やはり、パニック障害の人が誰しも考えてしまう「他の人にバレたらどうしよう」「変な人だと思われないだろうか」「吐いたらどうしよう」この気持ちが強ければ強いほど動悸が激しくなり自分を苦しめることになる。

 

息遣いが荒くなっていて、きっと近くにいた人には体調が悪いのか?と思っていただろうが、どうしようもできない。

 

そんな地獄の苦しみが続いてしばらくすると駅に到着するアナウンスが。まさに神からのお告げかと思うほど嬉しかった。駅に近づきプラットフォームが見えてくると安堵と降りれる嬉しさで泣きそうになっていた。

 

しかし、嘔気は続いていたことから安心できない。新幹線の動きが止まり、開いた扉からむわっとする外気が入ってきた時には顔は真っ青だったに違いない。

 

先頭のおじさんがすぐに降りないことに焦りながらも、僕がプラットフォームに足を下ろした時には、まるで戦場から帰還した兵士が「生きて祖国の土を踏んだ」時の感情と同じくらい嬉しかったのを覚えている。

 

プラットフォームに新幹線が並んで待機している。機械仕掛けの物が集まった時に臭う油のようなオイルのような匂いが辺りを包んでいる。本来は決して心地よい匂いではないと思われるが、その時の僕にとっては最高の匂いに感じていた。

 

動悸もめまいも嘔気も今はもうしない。

 

パニック障害というのが周りの人に理解されにくい原因の一つがこれだと思う。

さっきまで今にも死にそうなほど苦しんでいたのに、場所や環境が変わればまるで嘘のように何もなくなる。

 

それから3時間ほど買い物したりブラブラしたが、その際パニック発作は起きなかった。そろそろ帰る時間となり駅に向かうが不思議と動悸やいやな感じが襲ってこない。当たり前のようにチケットを買って、プラットフォームへと向かうエスカレーターに乗る。

 

びっくりするほど何も起こらない。

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不思議な余裕

しばらくして新幹線が来るアナウンスが流れるがいたって平然と待つことができていた。行きの時には考えられない安定感だ。

 

新幹線が到着し、扉が開くと同時に乗り込み座席を目指して進んでいく。帰りはガラガラですぐに空いている席を見つけ座ることができた。まだ、何も起きないし、しんどくもならない。

 

そうこうしているうちに新幹線は発車し、ゆっくりと加速していく。

 

全く問題ない。パニック障害になる以前に乗っていた感覚と同じだ。

 

「大丈夫?」

 

と聞いてくる奥さんに

 

「嘘みたいに大丈夫、人が少なくて座れたからかな」

 

と答えたが、実際になぜ大丈夫なのかは分からない。

 

行きとは違い後は帰るだけという安心感や、行きの新幹線内では確かに苦しかったけど結局「死にはしなかった」という安堵感。また人が少なく、もしパニック発作が出てもバレる心配が少ないという安心感から大丈夫だったのかもしれない。今思えば新幹線に乗ることが簡単な認知行動療法だったのかもしれない。

 

パニック障害にとっての『安心感』はパワーワードだ。

 

さいごに

パニック障害は薬物治療と同時に認知行動療法を行うことで改善・克服を目指すのが基本。認知行動療法は簡単に言えば、広場恐怖症のように行けなくなった場所を避け続けるのではなく、あえて苦手な場所に身を晒すことを少しずつ繰り返すことによって『慣れ』を通じて克服するやり方。

 

この慣れを増やしていくことが成功体験となり回復へ近づく。しかし、そこから新幹線に乗るタイミングを失ってしまい、せっかく良かった感覚も忘れてしまったのが残念で仕方がない。脳が覚えてくれていたら嬉しいが。

 

今思えば、新幹線に乗るのを後何回か繰り返していたら、もしかしたら「新幹線に乗る」ことを克服できたかもしれない。そう思うと悔しい…。

 

一度きっかけがあったのにその機会を棒に振ってしまった後悔があったので、このブログを書くことで、そのきっかけをあえて作りリベンジ新幹線をしたいと思います。

 

その時はまたブログで皆さんにお知らせしたいと思います。

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。
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