【パニック障害 体験記 #3 】電話をかけているふり

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何度か襲ってくる強烈な嘔気に耐えながら研修を受けるが、全く集中出来るはずもなく、ただただゆっくりと進む時計の針を見ていた。

 

8時半から始まった研修は10時半となりやっと休憩時間を迎えた。

 

顔をうつ伏せて仮眠をとる人や、知り合いと話し始める人がいる中、僕は重い足取りで外の空気を吸うために研修室から廊下へ、そして正面玄関へと向かった。

 

正面玄関に行く理由がないため誰もわざわざ貴重な休憩時間に行こうとはしない。

 

そこを目的地としているのは僕だけだ。あと少しで外の新鮮な空気が吸えると思った瞬間、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

この研修会場である支店は以前に勤務していたことから、顔なじみの社員はたくさんいる。正面玄関のすぐ横には配属されてたことがある事務室がある。

 

事務室の中からは慌ただしい声や、電話対応の声、またコピー機の音など聞こえてくる。懐かしく思っていると中から手を振る社員と目があった。

 

後輩でよく可愛がっていた社員だった。

 

本来ならすぐにでも近づき懐かしい話に盛り上がるはずだが、今は違う。僕は青白く今にも倒れてしまいそうな顔を見られるのが嫌で少し手を振ると足早に外を目がけて歩いて行った。

 

「ふ〜っ」

 

大きく深呼吸をすると全身に新鮮な空気が入ってくる。肺の先までいっぱいになった空気を惜しむように吐き出す。何度か繰り返すと体に力が戻ってき、自分では見えないが顔色も戻ってきたように思えた。

 

これなら後半は乗り切れるかもしれない。

 

あの気持ち悪さの理由はさっぱり分からないが、これだけスッキリしているんだから大丈夫だろう。落ち込んだ気持ちを少しだけ上げることができた。

 

不意に自動ドアが開き、研修に参加している社員が携帯片手に出てきた。深呼吸している僕をやや引き気味で見つめている。どうやら職場でトラブルがあったようで解決策を必死に伝えている。

 

僕もすかさず携帯を取り出し電話をかけているふりをする。

 

意味のない、そして相手のいないはずの相手に口早に話す。こっちも忙しい様子を見せるため下手な芝居をしている。

 

不思議と虚しさや恥ずかしさはなく、ベストな選択ができたようで自分を褒めてあげたいくらいだった。

 

そうこうしているうちにトラブル解決に翻弄していた社員は室内へと帰って行き、僕一人になった。やっと落ち着けると思った瞬間、

 

「お久しぶりです。調子はどうですか」

 

懐かしい声で話しかけられた。

 

声の相手は、さっき事務室で手を降っていた後輩だ。彼は僕よりも若いが優秀で同じような業務についている。業務内容では若干彼のほうが先輩になるが、そんな様子は全く見せず常に良き後輩でいてくれている。

 

「いや〜、調子なんか良くないよ。忙しいのに研修とかさ」

「確かにこんな時に研修なんて厳しいですよね、どれだけ時間あっても足りないのに」

 

彼も研修には思うことがあるようで、お互い労をねぎらう話に花が咲いていた。しかし、彼は意を決したように

 

「顔色悪いですよ。さっき何度もトイレに行かれてましたよね」

 

びっくりした僕は声が出ず、彼の顔を見るだけしか出来なかった。研修室からトイレへ行く途中に事務室があるため、彼には僕の行動が見えていたのだ。すぐに返事が出来ずにいたが、何とか声を絞り出してこう言った。

 

「ちょっと疲れとるんかなぁ」

 

本当のことを言ったはずなのに、嘘をついているようで気持ち悪かった。でも嘔吐やめまいがあったことは恥ずかしくて言えなかった。

 

「本当ですか、ヤバいですよ、帰った方がいいですよ」

 

心配してくれる彼にありがたい気持ちと、体調を察せられたことへの恥ずかしさで何も言えなかった。少しの沈黙のあと

 

「まぁ、もう少しで終わるし、あとちょっと頑張るわ」

 

そう答えると研修室へとつながる廊下へ向かった。玄関先で一人になった後輩は急いで僕を追いかけ

 

「無理しないでくださいよ」

 

と、僕にしか聞こえない音量で言うと足早に事務室へ帰って行った。

 

新鮮な空気も吸ったし、さっきのようなめまいや嘔気もしない。研修も半分終わったんだからあと少しだけ頑張れば大丈夫。そう思いながら研修室のドアに手をかけると、手が震えていることに気づいた。

 

 

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